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なびかじな海人の藻塩火焚きそめて
煙は空にくゆりわぶとも

歌の意味
あの人は私になびくことはないだろうよ。海人が藻塩を焼く火を焚きはじめて、その煙が空でくすぶり悩むように、私が恋の思いを燃やしはじめて、どれほどくすぶり悩もうとも。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 1082

詞書「摂政太政大臣家百首歌合に」
 煙や海辺の景物に寄せて胸に秘めた恋を詠む歌群の二首目である。藻塩火の煙が空にくすぶるように恋に悩んでも、相手はなびくまいと嘆く。詞書によれば、摂政太政大臣藤原良経の家で催された百首歌合での詠である。
 作者は藤原定家で、呼称の「朝臣」は五位以上の官人に付ける敬称である。藤原俊成の子で、『新古今和歌集』の撰者の一人である。
 この百首歌合は、建久四年(1193)に良経が催した六百番歌合を指す。『古今和歌集』のよみ人しらずの歌「須磨の海人の塩焼く煙風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり」を踏まえるとされる。

 初句「なびかじな」は、なびくまいよ、の意で、打消推量の助動詞「じ」に詠嘆の終助詞「な」が付く。初句切れで、相手が心を寄せることはあるまいという諦めを冒頭に置く。煙が風になびく意と、人が心を寄せる意が一語に重ねられている。
 二句「海人の藻塩火」は、海人が海藻に潮水を注いで塩を焼く火である。前歌の心の奥の「下燃え」を受け、恋の火が海辺の景物に移されている。
 三句「焚きそめて」は、焚きはじめて、の意である。恋の思いを燃やしはじめたことを、藻塩火を焚きはじめることに重ねる。
 四句「煙は空に」は、前歌の「煙だに」に続いて煙を詠む。前歌では跡なく消える煙であったのに対し、ここでは空にとどまってくすぶる煙であり、同じ煙が対照的に描かれる。
 結句「くゆりわぶとも」の「くゆる」は煙がくすぶる意、「わぶ」は思い悩む意で、煙のさまに恋の悩みが託される。「とも」は逆接の仮定で、どれほど悩んでも、の意となり、倒置によって初句へ返る。本歌で思わぬ方へなびいた煙を、なびかずに空でくすぶる煙へと転じている。

もしほび:海藻に潮水を注ぎかけて塩を焼くための火
くゆる:煙が立ちこめてくすぶる
わぶ:思い悩む、つらく思う
作者
藤原定家
出典
新古今和歌集
前の歌
下燃えにおもひ消えなん煙だに 跡なき雲の果てぞ悲しき
次の歌
恋をのみすまの浦人藻塩垂れ 干しあへぬ袖の果てを知らばや