みるめこそ入りぬる磯の草ならめ
袖さへ波の下に朽ちぬる
- 歌の意味
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逢う機会である見る目こそは、潮が満ちると隠れてしまう磯の草の海松布のように、得がたいものであろう。それなのに、袖までもが涙の波の下で朽ちてしまった。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 1084
詞書「恋歌とてよめる」
煙や海辺の景物に寄せて胸に秘めた恋を詠む歌群の四首目である。逢う機会のないことを満ち潮に隠れる磯の海松布にたとえ、袖までも涙の波の下で朽ちたと嘆く。詞書によれば恋の歌として詠まれたもので、詠まれた事情は記されていない。
作者は二条院讃岐で、源頼政の娘である。二条天皇に仕え、のち後鳥羽天皇の中宮宜秋門院任子にも仕えた。
本歌は『拾遺和歌集』に坂上郎女の歌として収める「潮満てば入りぬる磯の草なれや見らく少なく恋ふらくの多き」で、『万葉集』にも見える。
初句「みるめこそ」の「みるめ」には、海藻の「海松布」と、恋人に逢う機会である「見る目」が掛けられている。係助詞「こそ」は三句の已然形「ならめ」で結ばれ、逆接で下へ続く。
二句「入りぬる磯の」は、潮が満ちて水中に隠れてしまう磯の、の意で、本歌の二句をそのまま取っている。
三句「草ならめ」は、草であろうが、の意で、推量の助動詞「む」の已然形「め」が「こそ」を受ける。逢う機会が少ないのは本歌のいう磯の草と同じでしかたがない、といったん譲る。
四句「袖さへ波の」の「さへ」は、そのうえ〜までも、の意で、見る目がないばかりか袖まで、と添加する。「波」は涙のたとえで、磯の縁で導かれる。本巻の第千九十一首も「みるめ」を掛けて涙を詠み、海辺の語で逢えぬ恋の涙を表す点が通う。
結句「下に朽ちぬる」は、波の下に朽ちてしまった、の意で、連体形で止めて詠嘆の余韻を残す。本歌が見る目の少なさを嘆くにとどまるのに対し、この歌は涙に朽ちる袖へと嘆きを進めている。
みるめ:海藻の海松布の意と、恋人に逢う機会である見る目の意を掛ける
いる:潮が満ちて水中に隠れる
くつ:腐って形を失う
- 作者
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二条院讃岐
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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恋をのみすまの浦人藻塩垂れ 干しあへぬ袖の果てを知らばや
- 次の歌
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君恋ふとなるみの浦の浜久木 しほれてのみも年を経るかな