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かくとだに思ふ心をいはせ山
下行く水の草隠れつつ

歌の意味
せめてこうだとだけでも、思う心を言わせたいが、岩瀬山のふもとを流れる水が草に隠れているように、私の思いは隠れたままである。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 1088

詞書「恋歌あまたよみ侍りけるに」
 「漏らす」ことをめぐって忍ぶ恋を詠む一連の三首目である。思う心をせめてこうだとだけでも伝えたいのに、山の下を流れる水が草に隠れるように、思いは隠れたままであると詠む。詞書によれば、恋の歌を多く詠んだうちの一首である。
 作者の「後徳大寺左大臣」は藤原実定である。右大臣藤原公能の子で、左大臣に至った。祖父の実能が徳大寺左大臣と呼ばれたのに対し、後徳大寺と呼ばれた。
 岩瀬山は大和国の歌枕とされる。

 初句「かくとだに」は、せめてこうだとだけでも、の意で、「だに」は最小限の願いを示す。『後拾遺和歌集』の藤原実方の歌「かくとだにえやはいぶきのさしも草」と同じ初句である。
 二句「思ふ心を」は、恋い慕う心を、の意である。次歌の二句も「思ふ心を」で、二首が同じ句を共有して並べられている。
 三句「いはせ山」の「いはせ」には、思う心を「言はせ」の意と、地名の「岩瀬山」が掛けられている。
 四句「下行く水の」は、山の下を流れる水の、の意で、表に現れない思いのたとえである。本巻の第千八十六首の木の葉の下の谷水と同じく、下を流れる水が秘めた恋を表している。
 結句「草隠れつつ」は、草に隠れ隠れして、の意で、接続助詞「つつ」は反復と継続を表す。言い切らずに「つつ」で止め、隠れたままの思いが続くさまを余韻として残している。

いはせ:思う心を言わせる意と、地名の岩瀬を掛ける
くさがくる:草に隠れる
作者
藤原実定
出典
新古今和歌集
前の歌
もらすなよ雲ゐる峰の初時雨 木の葉は下に色変はるとも
次の歌
もらさばや思ふ心をさてのみは えぞやましろの井手のしがらみ