古典和歌stream

人もまだふみ見ぬ山の岩隠れ
流るる水を袖に堰くかな

歌の意味
まだ誰も踏み入ったことのない山の岩陰を流れる水のように、人知れず流れる涙を、私は袖で堰き止めていることだ。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 1098

詞書「題しらず」
 こらえきれない忍ぶ恋を詠む一連の二首目である。まだ人も踏み入らない山の岩陰を流れる水のように、人知れず流れる涙を袖で堰き止めていると詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者の「信濃」は女房の呼び名で、どの人物を指すかについて定説を見ない。

 初句「人もまだ」は、人もまだ、の意で、二句の「ふみ見ぬ」へ続く。
 二句「ふみ見ぬ山の」の「ふみ」には、山に「踏み」入る意と、恋の「文」の意が掛けられている。まだ誰も踏み入ったことのない山であると同時に、まだ文を交わしたこともない恋であることが示される。
 三句「岩隠れ」は、岩の陰に隠れて、の意で、人目につかない忍ぶ恋のさまを表す。次歌も「岩のはざま」を詠み、岩陰が続けて詠まれる。
 四句「流るる水を」は、岩陰を流れる水を、の意で、ひそかに流れる涙のたとえである。
 結句「袖に堰くかな」は、袖で堰き止めることよ、の意で、「かな」が詠嘆を表す。前歌では堰くことで水が増すと詠んだが、ここではあふれる涙を袖で堰くほかないと詠み、同じ「堰く」の語で二首が並べられている。

ふみ:山に踏み入る意の踏みと、手紙の意の文を掛ける
いはがくれ:岩の陰に隠れること
せく:流れをせき止める
作者
信濃
出典
新古今和歌集
前の歌
忍ばじよ石間伝ひの谷川も 瀬を堰くにこそ水まさりけれ
次の歌
はるかなる岩のはざまにひとりゐて 人目思はで物思はばや