草深き夏野分け行くさを鹿の
音をこそ立てね露ぞこぼるる
- 歌の意味
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草深い夏野を分けて行く牡鹿がまだ声を立てないように、私も声を立てて泣きはしないが、露のような涙はこぼれることだ。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 1101
詞書「水無瀬の恋十五首歌合に、夏恋を」
こらえきれない忍ぶ恋を詠む一連の五首目である。草深い夏野を分けて行く牡鹿が声を立てないように、声を上げて泣きはしないが涙の露はこぼれると詠む。詞書によれば、水無瀬の恋十五首歌合で「夏恋」を題として詠まれた。
作者の「摂政太政大臣」は藤原良経である。関白九条兼実の子で、摂政、太政大臣に至り、『新古今和歌集』の仮名序を書いた。
水無瀬恋十五首歌合は、建仁二年(1202)に後鳥羽院が催した歌合である。
初句「草深き」は、草が深く茂った、の意で、夏の野のさまを示す。
二句「夏野分け行く」は、夏の野を分けて進む、の意で、題の「夏恋」の「夏」がここで詠み込まれる。
三句「さを鹿の」は、牡鹿の、の意である。鹿は秋に妻を恋うて鳴くものとされ、夏の鹿はまだ鳴かない。ここまでが「音を立て」を導く序詞となる。
四句「音をこそ立てね」は、声こそ立てないが、の意で、係助詞「こそ」を受けて打消の助動詞「ず」の已然形「ね」で結び、逆接で下へ続く。声を上げて泣きはしないという忍ぶ恋のさまを、鳴かない鹿に重ねている。
結句「露ぞこぼるる」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「こぼるる」で結ぶ係り結びである。夏野の草の露に涙がたとえられ、声は立てずとも涙はこぼれることを示す。前歌までの忍ぶ恋の一連を、声と涙の対比で結んでいる。
さをしか:牡鹿
ね:声、鳴き声
こぼる:こぼれる、あふれ落ちる
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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数ならぬ心の咎になし果てじ 知らせてこそは身をも恨みめ
- 次の歌
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後の世を嘆く涙と言ひなして しぼりやせまし墨染の袖