例あればながめはそれと知りながら
おぼつかなきは心なりけり
- 歌の意味
-
昔の例があるので、あなたが物思いに沈んで眺めているのはそういうわけだと分かってはいるが、はっきりしないのはあなたの心なのだ。
- 鑑賞
-
巻第十二 恋歌二 1104
詞書「前大納言隆房、中将に侍りける時、右近の馬場の日折の日まかれりけるに、物見侍りける女車より遣はしける」
「ながめ」を詠む一連の一首目である。昔の例があるので、あなたの物思わしげなながめがそのためだと分かってはいても、はっきりしないのはあなたの心だと詠む。詞書によれば、藤原隆房が中将であった頃、右近の馬場の日折の日に出かけたところ、見物の女車から贈られた歌である。
原文に作者名はなく、前歌に続いてよみ人しらずである。詞書によれば、見物に来ていた女車の女である。
日折は、五月に近衛府の馬場で行われた騎射の行事である。『伊勢物語』九十九段と『古今和歌集』には、右近の馬場の日折の日に、在原業平が女車の女に「見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめ暮らさむ」と詠みかけ、女が「知る知らぬ何かあやなくわきて言はむ思ひのみこそしるべなりけれ」と返した話があり、この歌の「例」はそれを指す。
初句「例あれば」は、前例があるので、の意で、右近の馬場の日折の日の業平と女の贈答を指す。
二句「ながめはそれと」は、あなたの物思わしげなながめはそのためだと、の意である。業平の歌の「ながめ暮らさむ」を受け、恋の物思いに沈んで見やるさまを「ながめ」という。
三句「知りながら」は、分かっていながら、の意で、逆接で下に続く。
四句「おぼつかなきは」は、はっきりしないのは、の意である。
結句「心なりけり」は、あなたの心であったのだ、の意で、「けり」が気づきの詠嘆を表す。ながめの理由は分かっても、その思いが誰に向いているのかは分からないと、相手の心を問いかけている。
ためし:前例
ながめ:物思いに沈んでぼんやりと見やること
ひをり:五月に近衛府の馬場で行われた騎射の行事
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
玉梓の通ふばかりに慰めて 後の世までの恨み残すな
- 次の歌
-
言はぬより心や行きてしるべする 眺むる方を人の問ふまで