思へども言はで月日はすぎの門
さすがにいかが忍び果つべき
- 歌の意味
-
思ってはいても口に出さないまま、月日は過ぎてしまった。杉の門を鎖して閉じこもるようにしてきたが、そうはいってもやはり、どうして最後まで忍び通せようか。
- 鑑賞
-
巻第十二 恋歌二 1109
詞書「欲言出恋といへる心を」
逢わず、言わずに月日の過ぎる恋を詠む二首の二首目である。思っていても口に出さないまま月日は過ぎたが、杉の門を鎖すように忍び通すことはとてもできないと詠む。詞書によれば、「欲言出恋」(言ひ出でんと欲する恋)を題として詠まれた。
作者は藤原忠定で、鎌倉時代初期の廷臣である。
初句「思へども」は、思っていても、の意で、「ども」は逆接である。
二句「言はで月日は」は、口に出さないまま月日は、の意である。前歌の「あはで月日や」と同じ構文で、逢わずに過ぎる月日を詠んだ前歌に対し、ここでは言わずに過ぎる月日が詠まれる。
三句「すぎの門」の「すぎ」には、月日が「過ぎ」の意と、「杉の門」の杉が掛けられている。前歌の結句の「すぎ葺ける庵」と同じく、「過ぎ」と「杉」の掛詞で二首が結ばれている。
四句「さすがにいかが」の「さすが」には、杉の門を「鎖す」意と、「さすがに(そうはいってもやはり)」の意が掛けられている。
結句「忍び果つべき」は、最後まで忍び通すことができようか、いやできない、の意で、「いかが」を受けて連体形「べき」で結ぶ反語である。題の「言ひ出でんと欲する恋」を、忍び通せない心として表している。
すぎ:月日が過ぎる意と、杉の門の杉を掛ける
さすが:門を鎖す意の「鎖す」と、そうはいってもやはりの意の「さすがに」を掛ける
しのびはつ:最後まで忍び通す
- 作者
-
藤原忠定
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
山賤の麻のさ衣筬を荒み あはで月日やすぎ葺ける庵
- 次の歌
-
逢ふことはかた野の里の笹の庵 しのに露散る夜半の床かな