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逢ふことはかた野の里の笹の庵
しのに露散る夜半の床かな

歌の意味
逢うことは難い。その名の交野の里の笹の庵で、篠に露が散るように、しきりに涙の露が散る夜半の寝床であることよ。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 1110

詞書「百首歌奉りし時」
 露と涙を詠む三首の一首目である。逢うことは難い交野の里の笹の庵で、篠に露が散るように、しきりに涙の散る夜半の床であると詠む。詞書によれば、後鳥羽院に百首歌を奉った折の詠である。
 作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。権中納言藤原俊忠の子で、後白河院の命により『千載和歌集』を撰進した。藤原定家の父である。
 交野は河内国(大阪府交野市、枚方市付近)の歌枕で、皇室の狩り場として知られ、桜狩りとともに詠まれた。

 初句「逢ふことは」は、逢うことは、の意で、二句の「かた」へ続く。
 二句「かた野の里の」の「かた」には、逢うことが「難し」の意と、地名の「交野」が掛けられている。
 三句「笹の庵」は、笹で葺いた粗末な庵である。本巻の第千百八首の「杉葺ける庵」、前歌の「杉の門」に続き、粗末な住まいが詠まれる。
 四句「しのに露散る」の「しの」には、「篠」の意と、「しのに(しきりに)」の意が掛けられている。笹の縁で篠が導かれ、篠に散る露に、しきりにこぼれる涙が重ねられる。次歌も「篠の葉草」と露を詠み、二首が同じ景物で並べられている。
 結句「夜半の床かな」は、夜中の寝床であることよ、の意で、「かな」が詠嘆を表す。逢えないひとり寝の床が露に濡れるさまで結ばれている。

かた:逢うことが難しい意の「難し」と、地名の交野を掛ける
しの:篠の意と、しきりにの意の「しのに」を掛ける
いほ:草木で作った粗末な住まい
よは:夜中
作者
藤原俊成
出典
新古今和歌集
前の歌
思へども言はで月日はすぎの門 さすがにいかが忍び果つべき
次の歌
散らすなよ篠の葉草のかりにても 露かかるべき袖の上かは