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散らすなよ篠の葉草のかりにても
露かかるべき袖の上かは

歌の意味
散らしてくれるなよ。篠の葉草を刈るように、かりそめにでも露がかかってよい袖の上であろうか、いやそうではない。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 1111

詞書「入道前関白右大臣に侍りける時、百首歌の中に、忍ぶる恋」
 露と涙を詠む三首の二首目である。篠の葉草を刈るように、かりそめにでも露のかかってよい袖ではないのだから、露を散らしてくれるなと詠む。詞書によれば、入道前関白が右大臣であった頃の百首歌のうち、「忍ぶる恋」を題とする歌である。原文に作者名はなく、前歌に続いて藤原俊成の歌である。
 作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。権中納言藤原俊忠の子で、後白河院の命により『千載和歌集』を撰進した。藤原定家の父である。
 詞書の「入道前関白」は九条兼実で、右大臣であった頃に百首歌を催した。

 初句「散らすなよ」は、散らしてくれるな、の意で、禁止の「な」に「よ」が付く。初句切れで、露を散らすなと命じつつ、涙が人目に散って噂となることを戒める。本巻の第千八十七首の「もらすなよ」と同じ形の初句である。
 二句「篠の葉草の」は、篠の葉の、の意で、前歌の「しのに露散る」を受けて篠が続けて詠まれる。ここまでが三句の「かり」を導く。
 三句「かりにても」の「かり」には、篠の葉草を「刈り」の意と、「仮に(かりそめに)」の意が掛けられている。
 四句「露かかるべき」は、露がかかってよい、の意で、露は涙のたとえである。
 結句「袖の上かは」は、袖の上であろうか、いやそうではない、の意で、「かは」は反語を表す。忍ぶ恋である以上、かりそめにも涙に濡れた袖を人に見せてはならないという心を示している。

はぐさ:草の葉、葉
かり:篠を刈る意と、かりそめにの意の「仮に」を掛ける
作者
藤原俊成
出典
新古今和歌集
前の歌
逢ふことはかた野の里の笹の庵 しのに露散る夜半の床かな
次の歌
白玉か露かと問はむ人もがな 物思ふ袖をさして答へむ