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わが恋は千木の片削ぎかたくのみ
行き合はで年の積もりぬるかな

歌の意味
私の恋は、社の屋根の千木の片削ぎが行き合わないように、難いことばかりで、あの人に行き逢わないまま年が積もってしまったことだ。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 1114

詞書「崇徳院に百首歌奉りける時」
 年月を経ても逢えぬ恋の嘆きを詠む二首の二首目である。私の恋は千木の片削ぎのように、難く行き合わないまま年が積もってしまったと詠む。詞書によれば、崇徳院に百首歌を奉った折の詠である。
 作者の「大炊御門右大臣」は藤原公能である。左大臣藤原実能の子で、右大臣に至った。
 崇徳院に奉った百首歌は、久安六年(1150)に詠進された久安百首である。

 初句「わが恋は」は、私の恋は、の意で、以下をたとえで示す。
 二句「千木の片削ぎ」は、社殿の屋根の両端に交差させて突き出した千木の、先端を片側だけ削いだものである。交差した千木の先が行き合わないことから、四句の「行き合はで」を導く。住吉の神の歌と伝える「夜や寒き衣や薄き片削ぎの行き合はぬ間より霜や置くらむ」にも、片削ぎの行き合わないさまが詠まれている。
 三句「かたくのみ」は、難く、容易でないばかりで、の意である。二句の「かたそぎ」から同じ音の「かたく」を導き、音の重なりで調子をつくる。
 四句「行き合はで年の」は、行き合わないまま年が、の意で、千木の先が行き合わないさまに、恋人と逢えないことを重ねる。
 結句「積もりぬるかな」は、積もってしまったことよ、の意で、「かな」が詠嘆を表す。本巻の第千八十五首の「年を経るかな」と同じく、逢えぬまま重なる年月の嘆きを「かな」で結ぶ。前歌のやまぬ嘆きを、積もる年月として受けている。

ちぎ:社殿の屋根の両端に交差させて高く突き出した木
かたそぎ:千木の先端を片側だけ削いだもの
ゆきあふ:出会う、交わる
作者
藤原公能
出典
新古今和歌集
前の歌
いつまでも命も知らぬ世の中に つらき嘆きのやまずもあるかな
次の歌
いつとなく塩焼く海人の苫庇 久しくなりぬ逢はぬ思ひは