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嘆かずよ今はた同じなとり川
瀬々の埋もれ木朽ち果てぬとも

歌の意味
もう嘆きはしないよ。浮き名が立ってしまった今となっては同じことだ。名取川の瀬々に沈んだ埋もれ木のように、たとえわが身が朽ち果ててしまっても。
鑑賞
巻第十二 恋歌二 1119

詞書「千五百番歌合に」
 名取川の埋もれ木に寄せて恋を詠む二首の二首目である。もう嘆きはしない、浮き名の立った今となっては同じこと、名取川の瀬々の埋もれ木のように朽ち果ててしまっても、と詠む。詞書によれば、千五百番歌合での詠である。
 作者の「摂政太政大臣」は藤原良経である。関白九条兼実の子で、摂政、太政大臣に至り、『新古今和歌集』の仮名序を書いた。
 前歌と同じく『古今和歌集』の「名取川瀬々の埋もれ木あらはればいかにせむとか逢ひ見そめけむ」を本歌とし、二句には『後撰和歌集』の元良親王の歌「わびぬれば今はた同じ難波なる身をつくしても逢はむとぞ思ふ」の「今はた同じ」を取る。

 初句「嘆かずよ」は、嘆きはしないよ、の意で、初句切れである。前歌の、朽ち果ててしまえという願いを受けて、たとえ朽ちても嘆くまいと言い切る。
 二句「今はた同じ」は、今となってはもう同じことだ、の意で、元良親王の歌の句を取る。「はた」は、やはり、また、の意である。
 三句「なとり川」の「なとり」には、浮き名が立つ意の「名取る」と、地名の「名取川」が掛けられている。前歌の三句と同じ語である。
 四句「瀬々の埋もれ木」は、前歌の結句と同じ句である。前歌では結句に置かれた句が四句に移され、同じ景物で二首が並べられている。
 結句「朽ち果てぬとも」は、たとえ朽ち果ててしまっても、の意で、「とも」は逆接の仮定である。前歌の「朽ちだに果てね」が朽ちることを願ったのに対し、ここでは朽ちても嘆くまいと諦めを示し、二首が対をなしている。倒置によって初句の「嘆かずよ」へ返る。

なとり:浮き名が立つ意の「名取る」と、地名の名取を掛ける
うもれぎ:長く水中や土中に埋もれていた木、世に知られず朽ちてゆく身のたとえ
作者
藤原良経
出典
新古今和歌集
前の歌
ありとても逢はぬためしのなとり川 朽ちだに果てね瀬々の埋もれ木
次の歌
涙川たぎつ心の早き瀬を しがらみかけて堰く袖ぞなき