逢ふことのむなしき空のうき雲は
身を知る雨のたよりなりけり
- 歌の意味
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逢うことがむなしい、そのむなしい空に浮かぶ憂き雲は、わが身のほどを思い知らせる涙の雨を降らせるよすがであった。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 1134
詞書「百首歌の中に、恋の心を」
雲に寄せて恋を詠む三首の二首目である。逢うことのむなしい空に浮かぶ憂き雲は、わが身のほどを知らせる涙の雨のよすがであったと詠む。詞書によれば、百首歌のうち、恋の心を詠んだ歌である。
作者の「惟明親王」は、高倉天皇の皇子である。
「身を知る雨」は、『伊勢物語』百七段の在原業平の歌「数々に思ひ思はず問ひがたみ身を知る雨は降りぞまされる」にもとづく語である。
初句「逢ふことの」は、逢うことが、の意で、二句の「むなしき」へ続く。本巻の第千百三十一首の「逢ふことは」に続き、逢うことの難さが詠まれる。
二句「むなしき空の」は、逢うことがむなしい意と、何もない大空の意を重ねる。
三句「うき雲は」の「うき」には、空に「浮き」の意と、「憂き」の意が掛けられている。前歌の竜田山に立つ雲に続き、雲が詠まれる。
四句「身を知る雨の」は、わが身の程を思い知らせる雨の、の意で、涙のたとえである。
結句「たよりなりけり」は、よすがであった、の意で、「けり」は気づきを表す。空の憂き雲が雨を降らせるように、逢えぬ恋の憂さが身の程を思い知らせる涙を誘うとしている。
うきぐも:空に浮かぶ雲の意と、憂き雲の意を掛ける
たより:よすが、手がかり
- 作者
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惟明親王
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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なき名のみたつたの山に立つ雲の ゆくへも知らぬ眺めをぞする
- 次の歌
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わが恋は逢ふを限りの頼みだに ゆくへも知らぬ空のうき雲