何となくさすがに惜しき命かな
あり経ば人や思ひ知るとて
- 歌の意味
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何ということもなく、そうはいってもやはり惜しい命であることよ。生きながらえていれば、あの人が私の思いを思い知ってくれるかもしれないと思って。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 1147
詞書は前の歌に続き「題しらず」
片思いの果てにわが身と命を思う一連の五首目である。生きながらえればあの人が思い知ってくれるかと思うと、やはり命は惜しいと詠む。詞書は前歌から続いて題しらずである。
作者は西行で、呼称の「法師」は僧を指す。俗名は佐藤義清で、鳥羽院に北面の武士として仕えたが、二十三歳で出家し、諸国を旅して歌を詠んだ。
初句「何となく」は、何ということもなく、の意である。
二句「さすがに惜しき」は、そうはいってもやはり惜しい、の意である。前歌で恋に身を引き替えるかと嘆いたのを受け、それでもやはり命は惜しいとする。
三句「命かな」は、命であることよ、の意で、「かな」の詠嘆で三句切れとなる。本巻の第千百四十五首の「命をぞ思ふ」に続き、命を思う歌が重ねられる。
四句「あり経ば人や」は、生きながらえていれば、あの人が、の意で、係助詞「や」が疑問を表す。
結句「思ひ知るとて」は、私の思いを思い知ってくれるかと思って、の意で、命を惜しむ理由を倒置によって示す。次歌はこの「思ひ知る」を初句に受け、巻末の一首へと続いている。
ありふ:生きながらえる、月日を過ごす
おもひしる:身にしみて分かる
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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つれもなき人の心は空蝉の むなしき恋に身をやかへてん
- 次の歌
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思ひ知る人ありけりの世なりせば 尽きせず身をば恨みざらまし