思ひ知る人ありけりの世なりせば
尽きせず身をば恨みざらまし
- 歌の意味
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私の思いを思い知ってくれる人がいる世であったなら、尽きることなくわが身を恨んだりはしないだろうに。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 1148
詞書は前の歌に続き「題しらず」
片思いの果てにわが身と命を思う一連の六首目で、恋歌二の巻末歌である。思いを思い知ってくれる人のいる世であったなら、尽きることなくわが身を恨むことはないだろうにと詠む。詞書は前歌から続いて題しらずである。原文に作者名はなく、前歌に続いて西行の歌である。
作者は西行で、呼称の「法師」は僧を指す。俗名は佐藤義清で、鳥羽院に北面の武士として仕えたが、二十三歳で出家し、諸国を旅して歌を詠んだ。
初句「思ひ知る」は、思いを身にしみて分かる、の意で、前歌の結句「思ひ知るとて」を受けて同じ語で始まる。
二句「人ありけりの」は、そういう人がいるという、の意で、三句の「世」へ続く。
三句「世なりせば」は、世であったならば、の意で、「せ」は過去の助動詞「き」の未然形である。「せば〜まし」の反実仮想で、実際にはそういう人のいない世であることを示す。
四句「尽きせず身をば」は、尽きることなく、わが身を、の意である。
結句「恨みざらまし」は、恨まないだろうに、の意で、「まし」が反実仮想を結ぶ。前歌で思い知ってもらえるかと命を惜しんだ願いが、ここではかなわぬ現実として示される。巻頭の第千八十一首が人に知られぬまま消える恋の果てを悲しんだのに対し、巻末では思いを知る人のいない世を嘆いて、忍ぶ恋から始まった恋歌二を閉じている。
おもひしる:身にしみて分かる
つきす:尽きる
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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何となくさすがに惜しき命かな あり経ば人や思ひ知るとて
- 次の歌
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忘れじの行く末までは難ければ 今日を限りの命ともがな