- 歌の意味
-
この上なく深い契りを結んでおいた草枕の旅寝を、どこでの旅だったと忘れることがあろうか、決して忘れはしない。
- 鑑賞
-
巻第十三 恋歌三 1150
詞書「忍びたる女をかりそめなる所に率てまかりて、帰りて朝に遣はしける」
逢い初めのころを詠む一連の二首目である。人目を忍ぶ女を仮の宿りに連れ出して一夜を過ごし、帰った翌朝に贈った後朝の歌で、深く契りを結んだ旅寝をどうして忘れようかと詠む。
作者の「謙徳公」は藤原伊尹である。右大臣藤原師輔の長男で、摂政太政大臣に至った。謙徳公は没後に贈られた諡号である。
初句「限りなく」は、この上なく、の意である。前歌の「今日を限りの」と同じ「限り」の語を用い、前歌が今日を限りの命を願ったのに対し、本歌は限りのない契りを誓う。同じ語による反転した対応である。
二句「結び置きつる」は、結んでおいた、の意である。草を結んで枕とする旅寝の習いに、男女の契りを結ぶ意が重ねられている。
三句「草枕」は旅寝のことで、ここでは詞書の「かりそめなる所」での一夜を指す。仮の宿りを旅になぞらえた表現である。
四句「いづこの旅を」は、どこでの旅寝を、の意である。疑問の語「いづこ」が結句と呼応する。
結句「思ひ忘れん」は、思い忘れようか、いや忘れはしない、の意で、四句の「いづこの」と呼応して反語となる。一夜限りの仮の逢瀬を、忘れがたい旅寝の契りとして女に誓う歌である。
ゐる:連れて行く
あした:翌朝
くさまくら:草を結んで枕とすること。旅寝
- 作者
-
藤原伊尹
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
忘れじの行く末までは難ければ 今日を限りの命ともがな
- 次の歌
-
思ふには忍ぶることぞ負けにける 逢ふにし換へばさもあらばあれ