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昨日まで逢ふにし換へばと思ひしを
今日は命の惜しくもあるかな

歌の意味
昨日までは、逢うことと引き換えならば命も惜しくないと思っていたのに、逢った今日は命が惜しく思われることだ。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 1152

詞書「人の許にまかりそめて、朝に遣はしける」
 逢い初めのころを詠む一連の四首目である。昨日までは逢うことと引き換えなら命も惜しくないと思っていたのに、逢った今日は命が惜しくなったと詠む。詞書によれば、女のもとに通い始めた翌朝に贈った後朝の歌である。
 作者の「廉義公」は藤原頼忠である。関白太政大臣藤原実頼の子で、関白太政大臣に至った。廉義公は没後に贈られた諡号である。

 初句「昨日まで」は、逢う前の自分の思いを過去のものとして示す語である。四句の「今日」と対をなし、逢瀬を境に心が一変したことを示す。
 二句「逢ふにし換へばと」は、前歌の四句をそのまま引いた表現である。逢うことと引き換えなら命も惜しくない、という前歌の決意を、昨日までの自分の思いとして受けている。二句は八音の字余りである。
 三句「思ひしを」は、思っていたのに、の意である。「を」は逆接の接続助詞で、下の句の心の変化を導く。
 四句「今日は命の」は、初句の「昨日」と対をなす。前歌が命を顧みなかったのに対し、本歌は逢えた今日、命に目を向けている。
 結句「惜しくもあるかな」は、惜しくもあることよ、の意で、詠嘆の「かな」で結ぶ。逢う前は命を捨ててもよいと思い、逢えば命が惜しくなるという恋の心の移りを率直に述べる。同じ心は藤原義孝の「君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな」にも詠まれている。本巻の第千百五十五首の西行歌も、逢うまでの命を願った心を悔いる趣向で、本歌と同じ心の移りを別の角度から詠んでいる。

まかる:行く、の謙譲語
まかりそむ:女のもとに通い始める
作者
藤原頼忠
出典
新古今和歌集
前の歌
思ふには忍ぶることぞ負けにける 逢ふにし換へばさもあらばあれ
次の歌
逢ふことを今日まつが枝の手向草 幾夜しほるる袖とかは知る