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逢ふことを今日まつが枝の手向草
幾夜しほるる袖とかは知る

歌の意味
逢うことを今日こそと待つ、その「待つ」に通う松の枝に結ばれた手向草のように、幾夜涙にしおれてきた袖であるかを、あなたは知っているだろうか、知りはしまい。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 1153

詞書「百首歌に」
 逢い初めのころを詠む一連の五首目である。逢うことを今日こそと待つ心を松の枝の手向草に託し、幾夜涙にしおれてきた袖かを相手は知っているだろうかと詠む。詞書によれば百首歌の中の一首である。
 作者の「式子内親王」は後白河天皇の皇女である。賀茂斎院を務め、のちに出家した。藤原俊成に和歌を学び、『新古今和歌集』を代表する女流歌人の一人である。
 本歌は『万葉集』巻一の「白波の浜松が枝の手向草幾代までにか年の経ぬらむ」である。浜の松の枝に結ばれた手向けの幣が幾代を経たかを思う歌で、本歌はその「松が枝」「手向草」「幾代」を恋の歌に取り込んでいる。

 初句「逢ふことを」は、前の四首に続いて「逢ふ」の語を用いる。前歌までが逢い初めたのちの心を詠んだのに対し、本歌は逢う日を待つ側に立っている。
 二句「今日まつが枝の」の「まつ」は、今日を待つ意と、松が枝の松を掛ける掛詞である。今日こそ逢えると待つ心が、松の枝へと言い継がれる。
 三句「手向草」は、神に手向ける幣として松の枝などに結んだもので、本歌の『万葉集』の語をそのまま用いている。上の句は、待つ心を手向草に託して下の句を導く。
 四句「幾夜しほるる」は、幾夜涙にしおれてきた、の意である。本歌の「幾代」を「幾夜」に転じ、松の枝の手向草が経てきた久しい年月を、恋に泣き濡れた夜の数へと置き換えている。
 結句「袖とかは知る」は、袖だと知っているだろうか、いや知りはしまい、の意である。「かは」は反語で、待つ側の苦しみを相手は知らないという恨みが込められる。万葉の古い景物を用いつつ、女の側の待つ恋へと転じた本歌取りの一首である。

まつ:今日を待つ意と、松が枝の松を掛ける
たむけぐさ:神に手向ける幣。松の枝などに結んだ
しをる:涙に濡れてしおれる
作者
式子内親王
出典
新古今和歌集
前の歌
昨日まで逢ふにし換へばと思ひしを 今日は命の惜しくもあるかな
次の歌
恋しさに今日ぞ尋ぬる奥山の ひかげの露に袖は濡れつつ