恋しさに今日ぞ尋ぬる奥山の
ひかげの露に袖は濡れつつ
- 歌の意味
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恋しさのあまり、今日こそあなたを尋ねてゆく。奥山の日陰の露に、袖は濡れ続けながら。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 1154
詞書「頭中将に侍りける時、五節所の童にもの申しそめて後、尋ねて遣はしける」
逢い初めのころを詠む一連の六首目である。恋しさに今日こそ尋ねてゆくが、奥山の日陰の露に袖は濡れ続けていると詠む。詞書によれば、作者が頭中将であったとき、五節所の童女に言い寄り、その後に相手を尋ねて贈った歌である。
作者の「源正清朝臣」は平安時代中期の人である。詞書によれば、この歌を詠んだ当時、蔵人頭で近衛中将を兼ねる頭中将の任にあった。
五節は、新嘗祭や大嘗祭の折に宮中で舞姫が舞う五節の舞をいい、五節所はその舞姫の控えの所である。童女は舞姫に付き従う少女である。この行事では日陰の蔓を冠に掛けて飾りとした。
初句「恋しさに」は、恋しさのあまり、の意である。前歌が逢う日を待つ側に立ったのに対し、本歌は自ら尋ねてゆく側に立つ。待つ側と尋ねる側の対比である。
二句「今日ぞ尋ぬる」は、今日こそ尋ねてゆく、の意である。前歌の「今日まつ」と同じく「今日」の語を用いる。係助詞「ぞ」は連体形「尋ぬる」で結ばれ、二句切れとなる。
三句「奥山の」は、相手のいる所を奥深い山になぞらえる語で、たやすく近づけない隔たりを示す。
四句「ひかげの露に」の「ひかげ」は、日の当たらない所の意と、五節で用いる日陰の蔓の意を掛ける掛詞である。奥山、日陰、露は縁語として連なり、五節所の童女を思う歌であることを示している。
結句「袖は濡れつつ」は、袖は濡れ続けている、の意である。露に濡れる袖に恋の涙を重ね、「つつ」で結んで余情を残す。
ごせち:新嘗祭や大嘗祭の折に宮中で舞姫が舞う五節の舞
わらは:童女。ここでは五節の舞姫に付き従う少女
ものまうす:異性に言い寄る
ひかげ:日の当たらない所の意と、五節で用いる日陰の蔓の意を掛ける
- 作者
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源正清
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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逢ふことを今日まつが枝の手向草 幾夜しほるる袖とかは知る
- 次の歌
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逢ふまでの命もがなと思ひしは 悔しかりける我が心かな