逢ふことのあけぬ夜ながら明けぬれば
我こそ帰れ心やは行く
- 歌の意味
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逢うことのかなわない、戸の開かないままの夜であったのに、夜は明けてしまったので、我が身こそ帰るけれども、心は帰りなどしようか、しはしない。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 1168
詞書は前の歌に続き「題しらず」
夜明けの別れを詠む一連の二首目である。逢うことのかなわない、戸の開かないままの夜なのに夜は明けてしまったので、我が身こそ帰るけれども、心は帰りなどしようか、と詠む。歌は帰ってゆく者の立場で詠まれている。詞書は前の歌に続いて題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「伊勢」は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕えた女房である。三十六歌仙の一人に数えられる。
初句「逢ふことの」は、逢うことの、の意である。前歌の逢えずに夜を明かす嘆きを受ける。
二句「あけぬ夜ながら」の「あけ」は、戸を開ける意と、夜が明ける意を掛ける掛詞である。逢う戸口の開かない、また明けきらない夜のうちに、の意となる。
三句「明けぬれば」は、夜が明けてしまったので、の意である。二句と三句で「あけ」を重ね、開かぬまま明けてしまった夜の皮肉を示す。前歌の初句「あけがたき」と同じく、明けと開けの重なりが用いられている。
四句「我こそ帰れ」は、我が身こそ帰るけれども、の意で、係助詞「こそ」が已然形「帰れ」で結ばれ、逆接の意で下に続く。
結句「心やは行く」は、心は行くだろうか、いや行きはしない、の意である。「やは」は反語で、身は帰っても心は相手のもとに残るという、身と心を分ける発想で結ばれる。
あく:戸を開ける意と、夜が明ける意を掛ける
- 作者
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伊勢
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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あけがたき二見の浦による波の 袖のみ濡れておきつ島人
- 次の歌
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秋の夜の有明の月の入るまでに やすらひかねて帰りにしかな