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秋の夜の有明の月の入るまでに
やすらひかねて帰りにしかな

歌の意味
秋の夜の有明の月が沈むまで、ためらいながらとどまっていることもできずに、帰ってしまったことだ。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 1169

詞書「九月十日余り、夜更けて和泉式部が門を叩かせ侍りけるに、聞きつけざりければ、朝に遣はしける」
 夜明けの別れを詠む一連の三首目である。秋の夜の有明の月が沈むまで、ためらいながら待ち続けることもできずに帰ってしまったことだ、と詠む。詞書によれば、九月十日過ぎの夜更けに和泉式部の家の門を供の者に叩かせたが、和泉式部が気づかなかったため、翌朝に贈った歌である。
 作者の「大宰帥敦道親王」は冷泉天皇の皇子で、大宰帥に任じられたことから帥宮と呼ばれた。和泉式部と恋愛関係にあった。
 この折のことは『和泉式部日記』にも記されている。

 初句「秋の夜の」は、秋の長い夜の、の意である。夜の長さが、開かない門の前で過ごした時間の長さを思わせる。
 二句「有明の月の」は、夜が明けても空に残る月の、の意である。九月十日過ぎの月は夜更けに昇り、明け方まで空に残る。
 三句「入るまでに」は、月が山の端に入るまで、の意である。
 四句「やすらひかねて」は、ためらってとどまっていることができずに、の意である。前歌の「我こそ帰れ」と同じく、逢えぬまま帰る者の心を詠む。
 結句「帰りにしかな」は、帰ってしまったことだ、の意である。完了の「に」と過去の「し」に詠嘆の「かな」が付き、月の入るまで待つこともできずに帰った自分を詠嘆して、気づいてもらえなかった残念さを相手に伝えている。

ありあけ:夜が明けても空に月が残っていること。また、その月
やすらふ:ためらってその場にとどまる
作者
敦道親王
出典
新古今和歌集
前の歌
逢ふことのあけぬ夜ながら明けぬれば 我こそ帰れ心やは行く
次の歌
心にもあらぬ我が身の行き帰り 道の空にて消えぬべきかな