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手枕に貸せる袂の露けきは
明けぬと告ぐる涙なりけり

歌の意味
あなたの手枕として貸した私の袂が露に濡れているのは、夜が明けたと告げる、別れの涙であったのだ。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 1181

詞書「小八条の御息所に遣はしける」
 後朝の思いを詠む一連の五首目である。手枕として貸した袂が露に濡れているのは、夜が明けたと告げる涙であったと詠む。詞書によれば、小八条の御息所に贈った歌である。
 作者の「亭子院」は宇多天皇である。光孝天皇の皇子で、醍醐天皇の父である。譲位後に住んだ亭子院の名で呼ばれる。
 小八条の御息所が誰を指すかについては定説を見ない。御息所は、天皇の寵愛を受けた女御や更衣などの呼称である。

 初句「手枕に」は、手枕として、の意である。本巻の第千百五十九首の「手枕ならぬ枕だにせず」と同じく、共寝の相手の腕を枕とすることをいう。
 二句「貸せる袂の」は、貸した袂の、の意である。相手に腕を貸して枕としたその袂を指す。
 三句「露けきは」は、露に濡れているのは、の意である。夜明けの露に濡れたかのような袂の湿りを取り上げる。
 四句「明けぬと告ぐる」は、夜が明けたと告げる、の意である。夜明けを告げるのは本来鶏の声であるが、本歌では涙がそれを告げるとする。
 結句「涙なりけり」は、涙であったのだ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆である。袂の露を別れの涙と見定める見立ての歌で、前歌の干しかねる袂と同じく、涙に濡れた袂によって後朝の悲しみを示している。

たまくら:腕を枕とすること
みやすんどころ:天皇の寵愛を受けた女御や更衣などの呼称
作者
宇多天皇
出典
新古今和歌集
前の歌
わびつつも君が心にかなふとて 今朝も袂を干しぞわづらふ
次の歌
しばし待てまだ夜は深し長月の 有明の月は人惑ふなり