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おきて見ば袖のみ濡れていとどしく
草葉の玉の数やまさらん

歌の意味
起きて見たならば、袖ばかりが涙に濡れて、いっそう草葉に置く露の玉の数が増すことだろう。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 1183

詞書「前栽の露置きたるを、などか見ずなりにしと申しける女に」
 後朝の思いを詠む一連の七首目である。起きて庭の露を見たならば、袖ばかりが涙に濡れて、いっそう草葉の露の数が増すだろうと詠む。詞書によれば、庭の植え込みに露が置いていたのを、どうして見ないで帰ってしまったのかと言ってきた女に答えた歌である。
 作者の「実方朝臣」は藤原実方である。左大臣藤原師尹の孫で、侍従藤原定時の子である。左近衛中将から陸奥守となり、任地で没した。中古三十六歌仙の一人である。

 初句「おきて見ば」の「おき」は、寝床から起きる意と、露が置く意を掛ける掛詞である。起きて露を見たならば、という仮定を示す。
 二句「袖のみ濡れて」は、袖ばかりが濡れて、の意である。本巻の第千百六十七首と同じ句を用い、別れの涙に濡れる袖を示す。
 三句「いとどしく」は、いっそうはなはだしく、の意である。
 四句「草葉の玉の」は、草の葉に置く露の玉の、の意である。露を玉に見立て、詞書の「前栽の露」を受けている。
 結句「数やまさらん」は、数が増すことだろうか、の意で、係助詞「や」が「らん」と係り結びをなす。起きて露を見れば別れの涙がこぼれて露の数を増すだろうから見なかったのだ、という理屈で女の問いに答える。前歌が夜明けを否定したのに続き、夜明けの景物を見ずに帰った理由を述べる歌である。

せんざい:庭の植え込み
おく:寝床から起きる意と、露が置く意を掛ける
作者
藤原実方
出典
新古今和歌集
前の歌
しばし待てまだ夜は深し長月の 有明の月は人惑ふなり
次の歌
明けぬれどまだきぬぎぬになりやらで 人の袖をも濡らしつるかな