明けぬれどまだきぬぎぬになりやらで
人の袖をも濡らしつるかな
- 歌の意味
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夜は明けてしまったけれど、まだ後朝の別れになりきらないうちから、あの人の袖までも涙で濡らしてしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 1184
詞書「二条院御時、暁帰りなんとする恋といふことを」
後朝の思いを詠む一連の八首目である。夜は明けたが、まだ後朝の別れになりきらないうちから、あの人の袖まで涙で濡らしてしまったと詠む。詞書によれば、二条天皇の御代に、暁に帰ろうとする恋という題で詠まれた題詠の歌である。
作者の「二条院讃岐」は、源頼政の娘で、二条天皇に仕えた女房である。のちに後鳥羽天皇の中宮宜秋門院任子にも仕えた。
初句「明けぬれど」は、夜は明けてしまったけれど、の意である。前の歌々の夜明けの場面を受ける。
二句「まだきぬぎぬに」は、まだ後朝の別れに、の意である。きぬぎぬは、共寝の翌朝、互いの衣を着て別れることをいい、二句は八音の字余りである。
三句「なりやらで」は、なりきらないで、の意である。別れの時が来たのに、まだ別れきれずにいる状態を示す。
四句「人の袖をも」は、あの人の袖までも、の意である。「も」によって、自分の袖はもちろん、という含みが示される。前歌の「袖のみ濡れて」が自分の袖であったのに対し、本歌は相手の袖に目を向ける。
結句「濡らしつるかな」は、濡らしてしまったことよ、の意である。別れを惜しんで相手にすがり、自分の涙で相手の袖まで濡らしたことを詠嘆して結ぶ。
きぬぎぬ:共寝の翌朝、互いの衣を着て別れること。後朝
なりやる:すっかりそうなる
- 作者
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二条院讃岐
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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おきて見ば袖のみ濡れていとどしく 草葉の玉の数やまさらん
- 次の歌
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面影の忘るまじき別れかな 名残を人の月にとどめて