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庭に生ふる夕かげ草の下露や
暮れを待つ間の涙なるらん

歌の意味
庭に生えている夕影草の葉の下に置く露は、日暮れを待つあいだに私が流す涙なのだろうか。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 1190

詞書「法性寺入道前関白太政大臣家歌合に」
 逢瀬ののち、次の夕暮れを待つ心を詠む一連の二首目である。庭に生える夕影草の下露は、日暮れを待つあいだの涙なのだろうかと詠む。詞書によれば、法性寺入道前関白太政大臣藤原忠通の家で催された歌合に出詠された歌である。
 作者の「藤原道経」は平安時代後期の人である。

 初句「庭に生ふる」は、庭に生えている、の意で、六音の字余りである。
 二句「夕かげ草の」は、夕方の光に照らされる草の、の意である。夕べの名をもつ草を挙げ、暮れを待つ心を導いている。
 三句「下露や」は、草の葉の下に置く露は、の意で、係助詞「や」が結句の「らん」と係り結びをなす。前歌の霜に代わって露が詠まれる。
 四句「暮れを待つ間の」は、日暮れを待つあいだの、の意である。前歌の「暮れ待つほどの」とほぼ同じ句で、二首が続けて配されている。
 結句「涙なるらん」は、涙なのだろうか、の意である。夕影草の下露を、夕暮れを待ちわびる涙と見立てる。前歌が涙に濡れた袖を見せたいと願ったのに対し、本歌はその涙を庭の草の露に見出している。

ゆふかげぐさ:夕方の光に照らされる草
したつゆ:草木の葉の下に置く露
うたあはせ:歌人を左右に分け、歌の優劣を競う催し
作者
藤原道経
出典
新古今和歌集
前の歌
朝ぼらけおきつる霜の消えかへり 暮れ待つほどの袖を見せばや
次の歌
待つ宵に更けゆく鐘の声聞けば 飽かぬ別れの鳥はものかは