これもまた長き別れになりやせん
暮れを待つべき命ならねば
- 歌の意味
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今朝のこの別れもまた、永遠の別れになるのではないだろうか。夕暮れまで待てるほどの命ではないのだから。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 1192
詞書は前の歌に続き「題しらず」
逢瀬ののち、次の夕暮れを待つ心を詠む一連の四首目である。この別れもまた永遠の別れになるのではないか、夕暮れまで待てるほどの命ではないのだから、と詠む。詞書は前の歌に続いて題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「藤原知家」は、鎌倉時代初期の歌人で、六条藤家の流れをくむ人物である。
初句「これもまた」は、この別れもまた、の意である。「また」によって、これまでの別れと同じく、という含みが示される。
二句「長き別れに」は、永遠の別れに、の意である。死別を思わせる語で、恋の別れを命の問題へと広げている。
三句「なりやせん」は、なるのではないだろうか、の意で、三句切れとなる。係助詞「や」が推量の「ん」と係り結びをなす。
四句「暮れを待つべき」は、夕暮れまで待つことのできる、の意である。本巻の第千百九十首の「暮れを待つ間の」と同じく、次の逢瀬の夕暮れを待つことを詠む。
結句「命ならねば」は、命ではないので、の意である。別れのつらさに、夕暮れまで命がもたないという誇張で結ぶ。巻頭歌が今日を限りの命を願い、第千百五十一首以下が逢瀬と命を結びつけたのと同じく、本歌も恋の時間を命の長さで測っている。
ながきわかれ:永遠の別れ。死別
- 作者
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藤原知家
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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待つ宵に更けゆく鐘の声聞けば 飽かぬ別れの鳥はものかは
- 次の歌
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有明は思ひ出あれや横雲の ただよはれつる東雲の空