- 歌の意味
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有明の月のころには思い出があるからだろうか。横雲が漂うように、心がさまよわされた明け方の空であったよ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 1193
詞書は前の歌に続き「題しらず」
逢瀬ののち、次の夕暮れを待つ心を詠む一連の五首目である。有明のころには思い出があるからだろうか、横雲が漂うように心がさまよわされた明け方の空であったと詠む。夕暮れを待つあいだに、明け方の別れを思い返す歌として配されている。詞書は前の歌に続いて題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「西行法師」は、俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが、若くして出家した歌僧である。諸国を旅して多くの歌を残した。
初句「有明は」は、有明の月のころは、の意である。本巻の第千百八十五首と同じく、有明を別れの記憶と結びつけて詠む。
二句「思ひ出あれや」は、思い出があるからだろうか、の意で、「や」は疑問である。二句切れとなる。
三句「横雲の」は、明け方の空に横にたなびく雲の、の意である。四句の「ただよふ」を導く。
四句「ただよはれつる」は、漂わされた、さまよわされた、の意である。横雲が漂うさまに、別れの朝の定まらない心を重ねている。
結句「東雲の空」は体言止めである。別れの明け方の空の記憶で結び、前歌の「長き別れ」の不安を受けつつ、夕暮れを待つ者が朝の別れを振り返る形になっている。
よこぐも:明け方の空に横にたなびく雲
しののめ:夜明け。明け方
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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これもまた長き別れになりやせん 暮れを待つべき命ならねば
- 次の歌
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大井川井堰の水のわくらはに 今日は頼めし暮れにやはあらぬ