古典和歌stream

何ゆゑと思ひも入れぬ夕べだに
待ち出でしものを山の端の月

歌の意味
何のためと深く思いもしない夕べでさえ、山の端に月が出るのを待ったものなのに。その山の端の月よ。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 1198

詞書「水無瀬にて恋十五首歌合に、夕恋といへる心を」
 来ぬ人を待つ夜を詠む一連の二首目である。何のためと深く思いもしない夕べでさえ山の端の月の出を待ったものなのに、と詠み、人を待つ今夕の心を言外に示す。詞書によれば、水無瀬で催された恋十五首歌合で、夕べの恋という題で詠まれた歌である。
 作者の「摂政太政大臣」は藤原良経である。関白九条兼実の子で、摂政太政大臣に至った。『新古今和歌集』の仮名序を執筆した。
 水無瀬は摂津国の地で、後鳥羽院の離宮があった。恋十五首歌合は、この離宮で後鳥羽院が催した歌合である。

 初句「何ゆゑと」は、何のためと、の意である。
 二句「思ひも入れぬ」は、深く思い込みもしない、の意である。「入る」は月が山に入る意に通じ、結句の「山の端の月」と縁をなす。
 三句「夕べだに」は、夕べでさえ、の意である。「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させ、まして人を待つ夕べはなおさら、という含みを残す。
 四句「待ち出でしものを」は、月の出るのを待ったものなのに、の意である。「待ち出づ」は待っていて出るのを迎えることをいう。前歌が十六夜の月を眺めて待ったのを受け、月を待つ心と人を待つ心が重ねられる。
 結句「山の端の月」は体言止めである。何気ない夕べにも月の出を待った思い出を語り、今夕は人を待つために月の出をいっそう待ちわびる心を余情として残している。

まちいづ:待っていて、出てくるのを迎える
やまのは:山の稜線。山と空が接するところ
作者
藤原良経
出典
新古今和歌集
前の歌
頼めずは人はまつちの山なりと 寝なましものをいさよひの月
次の歌
聞くやいかにうはの空なる風だにも まつに音する習ひありとは