逢ふことはこれや限りのたびならん
草の枕も霜かれにけり
- 歌の意味
-
あなたと逢うことは、この旅が、この度が最後になるのだろうか。草を結んだ枕も、霜に枯れてしまったことだ。
- 鑑賞
-
巻第十三 恋歌三 1209
詞書「左大将朝光久しう音づれ侍らで、旅なる所に来あひて、枕のなければ草を結びてしたるに」
訪れの途絶えた恋を詠む一連の一首目である。逢うことはこの旅が最後になるのだろうか、草の枕も霜に枯れてしまったと詠む。詞書によれば、左大将藤原朝光が長く訪れなかったのち、旅先で行き合い、枕がないので草を結んで枕にしたときの歌である。
作者の「馬内侍」は、平安時代中期の女房である。中古三十六歌仙の一人に数えられる。
詞書の左大将朝光は藤原朝光で、関白藤原兼通の子である。
初句「逢ふことは」は、逢うことは、の意である。前歌の独り寝を受け、久しぶりの逢瀬を詠む。
二句「これや限りの」は、これが最後の、の意で、係助詞「や」が三句の「らん」と係り結びをなす。
三句「たびならん」の「たび」は、旅の意と、度の意を掛ける掛詞である。旅先での逢瀬が、二人の逢う最後の機会になるのではという不安を示す。
四句「草の枕も」は、草を結んだ枕も、の意である。詞書の「草を結びてしたる」をそのまま歌に取り込んでいる。
結句「霜かれにけり」の「かれ」は、霜に枯れる意と、人が離れる意を掛ける掛詞である。草の枕が霜に枯れた景に、相手の心が離れてゆくことを重ね、途絶えがちな恋の一連の始まりにふさわしい一首となっている。
おとづる:訪れる。便りをする
たび:旅の意と、度の意を掛ける
かる:霜に枯れる意と、人が離れる意を掛ける
- 作者
-
馬内侍
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
衣手に山おろし吹きて寒き夜を 君来まさずはひとりかも寝ん
- 次の歌
-
なれゆくはうき世なればや須磨の海人の 塩焼き衣間遠なるらん