山城の淀の若菰かりに来て
袖濡れぬとはかこたざらなん
- 歌の意味
-
山城の淀の若菰を刈りに来るように、ほんの仮そめに訪れて、袖が濡れたなどと恨み言を言わないでほしい。
- 鑑賞
-
巻第十三 恋歌三 1218
詞書は前の歌に続き「題しらず」
訪れの途絶えた恋を詠む一連の十首目である。淀の若菰を刈りに来るように仮そめに訪れて、袖が濡れたなどと恨み言を言わないでほしいと詠む。詞書は前の歌に続いて題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「源重之」は、清和源氏の源兼信の子で、諸国の国司を務めた。冷泉天皇が東宮であった時に百首歌を献じ、これは現存最古の百首歌とされる。三十六歌仙の一人である。
淀は山城国の歌枕で、淀川の流域にあたり、菰の生える水辺として詠まれる。
初句「山城の」は、山城国の、の意である。
二句「淀の若菰」は、淀の水辺に生える若い菰、の意である。上の二句が三句の「刈り」を導く序となる。
三句「かりに来て」の「かり」は、菰を刈る意と、仮そめの意を掛ける掛詞である。本気でなく、ほんの気まぐれに訪れることをいう。
四句「袖濡れぬとは」は、袖が濡れたとは、の意である。水辺で菰を刈れば袖が濡れるように、訪れの苦労や涙を言い立てることをいう。
結句「かこたざらなん」は、恨み言を言わないでほしい、の意である。「なん」は他に対する願望の終助詞である。仮そめにしか訪れないのに苦労を言い立てるなという皮肉で、途絶えがちな相手をたしなめている。
こも:水辺に生える草。刈って筵などを編む
かり:菰を刈る意と、仮そめの意を掛ける
かこつ:恨み言を言う。ぐちをこぼす
- 作者
-
源重之
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
ひとり臥す荒れたる宿の床の上に あはれ幾夜の寝覚めしつらん
- 次の歌
-
かけて思ふ人もなけれど夕されば 面影絶えぬ玉かづらかな