かけて思ふ人もなけれど夕されば
面影絶えぬ玉かづらかな
- 歌の意味
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心にかけて思ってくれる人もいないのに、夕方になると、玉かずらを懸けるように、あの人の面影が絶えず浮かぶことだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 1219
詞書は前の歌に続き「題しらず」
訪れの途絶えた恋を詠む一連の十一首目である。心にかけて思ってくれる人もいないのに、夕方になると玉かずらのように面影が絶えず浮かぶと詠む。詞書は前の歌に続いて題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「貫之」は紀貫之である。紀望行の子で、『古今和歌集』の撰者の一人として仮名序を執筆し、『土佐日記』を著した。
初句「かけて思ふ」の「かけ」は、心にかける意と、玉かずらを懸ける意を掛ける掛詞で、六音の字余りである。結句の「玉かづら」と縁語をなす。
二句「人もなけれど」は、人もいないのに、の意である。自分を思ってくれる人はいないという、途絶えた恋の現状を示す。
三句「夕されば」は、夕方になると、の意である。夕暮れは人を待つ時であり、本巻の第千百八十九首以下の夕暮れを待つ歌を思わせる。
四句「面影絶えぬ」は、面影が絶えない、の意である。「絶ゆ」は玉かずらの縁語で、蔓や緒が絶えることに通じる。
結句「玉かづらかな」は、玉かずらであることよ、の意で、詠嘆の「かな」で結ぶ。玉かずらは玉を緒に通した髪飾り、また蔓草の美称で、懸ける、絶ゆの縁語として一首をまとめる。相手に思われなくなっても面影だけは消えないという嘆きを、体言の詠嘆で結んでいる。
かく:心にかける意と、玉かずらを懸ける意を掛ける
たまかづら:玉を緒に通した髪飾り。また、蔓草の美称
- 作者
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紀貫之
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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山城の淀の若菰かりに来て 袖濡れぬとはかこたざらなん
- 次の歌
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偽りをただすの森の木綿襷 かけつつ誓へ我を思はば