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あはれにも誰かはつゆも思はまし
消え残るべき我が身ならねば

歌の意味
あなたが消えてしまったとしたら、いったい誰がしみじみと少しでも悲しく思うだろうか、誰も思いはしない。私もあとに消え残っていられる身ではないのだから。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 1226

詞書「返し」
 つれない人を恨み、そのつらさに耐える恋を詠む一連の七首目で、前歌への返歌である。あなたが消えたとしても、それを少しでもしみじみと思う者があろうか、私も消え残っていられる身ではないのだから、と詠む。
 作者の「久我内大臣」は源雅通である。村上源氏の公卿で、内大臣に至り、久我内大臣と呼ばれた。

 初句「あはれにも」は、しみじみと、の意である。
 二句「誰かはつゆも」の「つゆ」は、少しも、の意と、前歌の露を掛ける掛詞である。係助詞「かは」は反語で、三句の「まし」と呼応する。
 三句「思はまし」は、思うだろうか、いや誰も思いはしない、の意で、三句切れとなる。前歌の「ましかば」の反実仮想を受け、同じ「まし」で応じている。
 四句「消え残るべき」は、消え残っていられる、の意である。前歌の「消えなましかば」の「消ゆ」を受ける。
 結句「我が身ならねば」は、我が身ではないので、の意である。あなたが消えれば私もあとを追って消えるので、悲しむ者は誰も残らない、という理屈で、前歌の問いに真心をもって答えている。前歌の「露」「消ゆ」を受け継いだ贈答の一対である。

つゆ:少しも、の意と、露を掛ける
作者
源雅通
出典
新古今和歌集
前の歌
頼め来し言の葉ばかりとどめ置きて 浅茅が露と消えなましかば
次の歌
つらきをも恨みぬ我にならふなよ 憂き身を知らぬ人もこそあれ