古典和歌stream

なにか厭ふよもながらへじさのみやは
憂きに堪へたる命なるべき

歌の意味
どうして命を厭うことがあろうか。どうせ長らえはしまい。そういつまでも、つらさに耐えている命であるはずがあろうか。
鑑賞
巻第十三 恋歌三 1228

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 つれない人を恨み、そのつらさに耐える恋を詠む一連の九首目である。どうして命を厭うことがあろう、どうせ長らえはしまい、そういつまでもつらさに耐えている命であるはずがない、と詠む。詞書は前の歌に続いて題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者の「殷富門院大輔」は、藤原信成の娘で、後白河天皇の皇女殷富門院亮子内親王に仕えた女房である。

 初句「なにか厭ふ」は、どうして厭うことがあろうか、の意で、六音の字余りである。初句切れとなる。つらさのあまり命を厭う心を、自ら打ち消している。
 二句「よもながらへじ」は、まさか長らえはしまい、の意で、二句切れとなる。「よも〜じ」は、まさか〜まい、の意を表す。
 三句「さのみやは」は、そういつまでも、の意である。「やは」は反語で、結句の「べき」と係り結びをなす。
 四句「憂きに堪へたる」は、つらさに耐えている、の意である。前歌の「憂き身」を受ける。
 結句「命なるべき」は、命であるはずがあろうか、の意である。つらさに耐え続けられる命などないのだから、厭わなくても命は尽きる、という逆説的な慰めで結ぶ。次歌も「命」を詠み、命を厭う心と惜しむ心が並べられている。

いとふ:嫌う。避けたいと思う
ながらふ:生き長らえる
作者
殷富門院大輔
出典
新古今和歌集
前の歌
つらきをも恨みぬ我にならふなよ 憂き身を知らぬ人もこそあれ
次の歌
恋ひ死なん命はなほも惜しきかな 同じ世にある甲斐はなけれど