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更級や姨捨山の有明の
つきずもものを思ふころかな

歌の意味
更級の姨捨山の有明の月のように、尽きることもなくもの思いをする、このごろであることだ。
鑑賞
巻第十四 恋歌四 1257

詞書「題しらず」
 月に寄せる恋を詠む一連の二首目である。更級の姨捨山の有明の月のように、尽きることなくもの思いをするこのごろだと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者の「伊勢」は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた女房である。三十六歌仙の一人である。
 姨捨山は信濃国更級郡の山で、月の名所として知られる歌枕である。古今集雑上の読人しらずの歌「わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」以来、慰めがたい心を姨捨山の月に寄せて詠むことが多く、この歌もその歌を踏まえる。『大和物語』には、この古今集の歌にまつわる姨捨の伝承が語られている。

 初句「更級や」の「や」は詠嘆で、歌枕の名を呼び起こす。古今集の歌の「更級や姨捨山」と同じ言い出しである。
 二句「姨捨山の」は、月の名所として名高い山である。
 三句「有明の」は、夜が明けても空に残る月で、初句から三句までが「月」を導き、四句の「つきず」にかかる序詞となる。
 四句「つきずもものを」の「つき」は、有明の「月」と、「尽き」ずとを掛ける掛詞である。
 結句「思ふころかな」は、もの思いをするこのごろだ、の意である。姨捨山の月の慰めがたさを背景に、尽きない恋の物思いを詠んで結ぶ。本巻の第千二百五十九首の躬恒の歌も更級の月を詠み、同じ古今集の歌を踏まえている。

ありあけ:夜が明けても月が空に残っていること、またその月
つき:月の意と、尽きるの意を掛ける
をばすてやま:信濃国更級郡の山、月の名所
作者
伊勢
出典
新古今和歌集
前の歌
逢ふことをはつかに見えし月影の おぼろけにやはあはれとは思ふ
次の歌
いつとてもあはれと思ふを寝ぬる夜の 月はおぼろけなくなくぞ見し