入る方はさやかなりける月影を
うはのそらにも待ちし宵かな
- 歌の意味
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沈んでゆく方ははっきりしていた月の光を、そうとも知らずに、うわの空で空を仰いで待っていた宵であったことだ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 1262
詞書「人に遣はしける」
月に寄せる恋を詠む一連の七首目である。沈んでゆく方がはっきりしていた月を、うわの空で待っていた宵だったと詠む。詞書によれば、ある人に贈った歌である。
作者の「紫式部」は、越前守藤原為時の娘で、藤原宣孝の妻となった。のちに一条天皇の中宮彰子に仕え、『源氏物語』を著した。
相手は次歌の第千二百六十三首で答えている。
初句「入る方は」は、月の沈んでゆく方は、の意である。月にたとえた相手の行き先を言う。
二句「さやかなりける」は、はっきりしていた、の意である。「ける」は気づきを表し、相手の行き先がほかにあることが、あとになってはっきりしたという思いを込める。
三句「月影を」は、月の光、月の姿である。
四句「うはのそらにも」の「うはのそら」は、月の浮かぶ空の上の意と、心が落ち着かないうわの空の意とを掛ける掛詞である。
結句「待ちし宵かな」は、待っていた宵だったことだ、の意である。行き先の定まった月をむなしく待った自分を振り返り、相手の心変わりを月に寄せて皮肉っぽく訴えている。
いる:月が沈む
うはのそら:空の上の意と、心が落ち着かないさまの意を掛ける
- 作者
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紫式部
- 出典
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新古今和歌集
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ほの見えし月を恋しと帰るさの 雲路の波に濡れて来しかな
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さして行く山の端もみなかき曇り 心の空に消えし月影