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松山と契りし人はつれなくて
袖越す波に残る月影

歌の意味
末の松山を波が越えないように心変わりはしないと約束した人はつれなくて、袖を越してあふれる涙の波に、残る月の光が映っている。
鑑賞
巻第十四 恋歌四 1284

詞書は前の歌に続き「八月十五夜和歌所にて月前恋といふことを」
 月に寄せる恋を詠む一連の二十九首目で、一連の最後の歌である。末の松山にかけて心変わりしないと約束した人はつれなく、袖を越す涙の波に月の光だけが残っていると詠む。詞書は前歌に続き、八月十五夜に和歌所で月前恋の題で詠んだ歌である。
 作者の「定家朝臣」は藤原定家である。藤原俊成の子で、新古今和歌集の撰者の一人である。のちに新勅撰和歌集を単独で撰進した。
 末の松山は陸奥国の歌枕で、今の宮城県多賀城市のあたりとされる。古今集東歌の「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」によって、波が越えることのない山として、変わらぬ心の誓いに詠まれた。後拾遺集の清原元輔の歌「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは」もこれを踏まえ、この歌は二首を本歌とする。

 初句「松山と」は、末の松山にかけて、の意である。末の松山の名を挙げるだけで、心変わりしないという誓いを表す。
 二句「契りし人は」は、約束した人は、の意である。元輔の歌の「契りきな」を受けている。
 三句「つれなくて」は、冷淡で、の意である。誓いを破った相手のつれなさを言う。
 四句「袖越す波に」は、本来は末の松山を越えるはずのない波が、涙となって袖を越してあふれる、の意である。本歌の「波も越えなむ」「波越さじ」を反転させ、心変わりの波を涙の波に置き換えている。
 結句「残る月影」は体言止めである。涙の波に明け方の月が映って残るさまを示し、人は去っても月だけが残るという、月に寄せる一連をしめくくる景となっている。

すゑのまつやま:陸奥国の歌枕、波が越えないとされた山
ちぎる:約束する
こす:越える、あふれる
作者
藤原定家
出典
新古今和歌集
前の歌
来ぬ人を待つとはなくて待つ宵の 更けゆく空の月もうらめし
次の歌
習ひ来し誰が偽りもまだ知らで 待つとせしまの庭の蓬生