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来ぬ人を思ひ絶えたる庭の面の
蓬が末ぞまつにまされる

歌の意味
来ない人をもう思いあきらめた庭の上の、蓬の葉末こそが、松よりも高く伸び、待っていたころにもまさって茂っている。
鑑賞
巻第十四 恋歌四 1287

詞書「摂政太政大臣家百首歌よみ侍りけるに」
 荒れた宿に訪れのない恋を詠む一連の三首目である。来ない人を思いあきらめた庭では、蓬の葉末が松よりも高く、待っていたころにもまさって茂っていると詠む。詞書によれば、藤原良経の家で百首歌を詠んだ際の歌である。
 作者の「寂蓮法師」は、俗名を藤原定長といい、藤原俊成の甥で、その猶子となった。新古今和歌集の撰者に任じられたが、撰進を前に没した。

 初句「来ぬ人を」は、来ない人を、の意である。本巻の第千二百八十三首の初句と同じである。
 二句「思ひ絶えたる」は、もう思いあきらめた、の意である。前歌までの待ち続ける心から一歩進み、待つことをやめた後の庭を詠む。
 三句「庭の面の」は六音の字余りで、庭の上の、の意である。前歌の結句の「庭の」を受けている。
 四句「蓬が末ぞ」は、蓬の葉末こそが、の意である。「ぞ」は結句の連体形「まされる」と係り結びをなす。
 結句「まつにまされる」の「まつ」は、庭の「松」と、人を「待つ」とを掛ける掛詞である。蓬が松よりも高く茂ったという景に、待っていたころよりもいっそう荒れ果てたという意を重ねる。思い絶えたと言いながら、庭の荒廃が待つ心の名残を語っている。

おもひたゆ:思いあきらめる
にはのおも:庭の表面
まつ:庭の松の意と、人を待つ意を掛ける
作者
寂蓮
出典
新古今和歌集
前の歌
跡絶えて浅茅が末になりにけり 頼めし宿の庭の白露
次の歌
尋ねても袖にかくべき方ぞなき 深き蓬の露のかことを