恨みわび待たじ今はの身なれども
思ひ慣れにし夕暮れの空
- 歌の意味
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恨み嘆いて、もう待つまいと思う、今はこれまでの身ではあるけれど、待つことに慣れてしまった夕暮れの空よ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 1302
詞書は前の歌に続き「建仁元年三月歌合に遇不遇恋の心を」
逢って後に逢えなくなった恋を詠む一連の四首目である。恨み疲れて、もう待つまいと思うほどの身ではあるが、待つことに慣れてしまった夕暮れの空だと詠む。詞書は前歌に続き、建仁元年三月の歌合で遇不遇恋の題を詠んだ歌である。
作者の「寂蓮法師」は、俗名を藤原定長といい、藤原俊成の甥で、その猶子となった。新古今和歌集の撰者に任じられたが、撰進を前に没した。
初句「恨みわび」は、恨み嘆いて疲れはてて、の意である。
二句「待たじ今はの」は、もう待つまい、今はこれまでの、の意である。「じ」は打消の意志を表す。
三句「身なれども」は逆接で、そういう身ではあるけれども、の意である。
四句「思ひ慣れにし」は、そう思うことに慣れてしまった、の意である。待つまいと決めても、夕暮れになると人を待つ心が習い性となって起こることを示す。
結句「夕暮れの空」は体言止めである。夕暮れは恋人の訪れを待つ時刻であり、待たないと言いながら空を仰いでしまう心を、景によって示して結ぶ。
うらみわぶ:恨み嘆いて気落ちする
おもひなる:思うことに慣れる
- 作者
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寂蓮
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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契りきやあかぬ別れに露置きし 暁ばかり形見なれとは
- 次の歌
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忘れじの言の葉いかになりにけむ 頼めし暮れは秋風ぞ吹く