心あらば吹かずもあらなむ宵々に
人待つ宿の庭の松風
- 歌の意味
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心があるなら、吹かないでいてほしい。宵ごとに人を待っているこの宿の、庭の松風よ。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 1311
詞書は前の歌に続き「家歌合に」
風に寄せて恋人を待つ心を詠む一連の八首目で、一連の最後の歌である。心があるなら吹かないでほしい、宵ごとに人を待つこの宿の庭の松風よと詠む。詞書は前歌に続き、藤原良経の家で催された歌合に出詠した歌である。
作者の「前大僧正慈円」は、関白藤原忠通の子で、天台座主を四度務め、歴史書『愚管抄』を著した。前大僧正は、前の大僧正の意である。
初句「心あらば」は、もし心があるなら、の意の仮定である。松風に心を求める擬人である。
二句「吹かずもあらなむ」の「なむ」は他に対する願望で、吹かないでいてほしい、の意の二句切れである。
三句「宵々に」は、宵ごとに、の意である。本巻の巻頭歌である第千二百三十四首の初句と同じ語で、夜ごとに人を思い待つ心を示す。
四句「人待つ宿の」は、人を待っている宿の、の意である。
結句「庭の松風」は、本巻の第千三百四首の良経の歌と同じ結句である。良経が吹き弱まれと願った松風に、ここでは吹くなと願い、同じ家の歌合の歌が一連の初めと終わりで呼応している。松風の音が人の訪れと紛れて、待つ心をいっそう苦しめることを示して結ぶ。
よひよひ:毎夜毎夜、夜ごとの宵
まつかぜ:松に吹く風
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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いつも聞くものとや人の思ふらむ 来ぬ夕暮れの秋風の声
- 次の歌
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里は荒れて空しき床のあたりまで 身はならはしの秋風ぞ吹く