我が恋は庭のむら萩うら枯れて
人をも身をもあきの夕暮れ
- 歌の意味
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私の恋は、庭の群れ萩の葉先が枯れるように衰えて、あの人をも我が身をも厭わしく思う、秋の夕暮れである。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌四 1322
詞書「恋歌とてよみ侍りける」
秋の景物に寄せて恋の嘆きを詠む一連の五首目である。私の恋は庭の群れ萩の葉先が枯れるように衰え、あの人をも我が身をも厭わしく思う秋の夕暮れだと詠む。詞書によれば、恋の歌として詠んだ歌である。
作者の「前大僧正慈円」は、関白藤原忠通の子で、天台座主を四度務め、歴史書『愚管抄』を著した。前大僧正は、前の大僧正の意である。
初句「我が恋は」は、私の恋は、の意である。本巻の第千三百八首の俊恵の歌と同じ初句である。
二句「庭のむら萩」は、庭に群がって咲く萩である。秋の代表的な景物を挙げる。
三句「うら枯れて」は、葉先から枯れて、の意である。萩の衰えに、恋の衰えを重ねる。
四句「人をも身をも」は、あの人をも我が身をも、の意である。
結句「あきの夕暮れ」の「あき」は、季節の「秋」と、「飽き」とを掛ける掛詞である。人をも身をも飽きて厭う心を、秋の夕暮れの景に収めて結ぶ。本巻の第千三百十八首の長明の歌と同じ結句である。
むらはぎ:群がって生えている萩
うらがる:草木の葉先が枯れる
あき:季節の秋の意と、飽きる意を掛ける
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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来ぬ人を秋のけしきや更けぬらむ 恨みに弱るまつむしの声
- 次の歌
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袖の露もあらぬ色にぞ消えかへる うつれば変はる嘆きせしまに