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今来んといふ言の葉もかれゆくに
夜な夜な露のなにに置くらん

歌の意味
「今すぐ行こう」という約束の言葉さえ枯れ葉のように途絶え、心も離れてゆくのに、夜ごとに涙の露は、何のために置くのだろうか。
鑑賞
巻第十五 恋歌五 1344

詞書「頼めて侍りける女の、後に返事をだにせず侍りければ、かの男にかはりて」
 露を詠む一連の九首目である。約束の言葉も枯れ、心も離れてゆくのに、なぜ夜ごとに涙の露が置くのかと嘆く。詞書によれば、男に約束をしてあてにさせていた女が、後には返事さえしなくなったので、その男に代わって詠んだ歌である。
 作者の「和泉式部」は、越前守大江雅致の娘である。和泉守橘道貞の妻となったことからこの名で呼ばれ、のちに上東門院彰子に仕えた。

 初句「今来ん」は、すぐに行こう、の意で、訪れを約束する決まり文句である。『古今和歌集』の素性法師の歌「今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな」にも見える言い回しである。
 二句「といふ言の葉も」の「言の葉」は言葉の意で、その「葉」が三句の「かれ」と四句の「露」を呼び起こす。
 三句「かれゆくに」の「かれ」は、葉が「枯れ」る意と、人の心や便りが「離れ」る意を掛ける掛詞である。
 四句「夜な夜な露の」の「露」は涙のたとえで、「葉」の縁語である。言葉は枯れても、涙の露だけは夜ごとに欠かさず置くという対比になっている。
 結句「なにに置くらん」は、何のために置くのだろうか、の意である。前歌が「言の葉」を見ずにすむよう消えたいと願ったのに続き、この歌も同じ「言の葉」と「露」の組み合わせで、言の葉が枯れてもなお置く露を嘆いている。

かる:葉が「枯る」意と、人の心や便りが遠のく「離る」意を掛ける
ことのは:言葉
作者
和泉式部
出典
新古今和歌集
前の歌
同じくはわが身も露と消えななん 消えなばつらき言の葉も見じ
次の歌
あだ言の葉に置く露の消えにしを あるものとてや人の訪ふらん