あだ言の葉に置く露の消えにしを
あるものとてや人の訪ふらん
- 歌の意味
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あてにならない言葉の葉に置く露のように、私はもう消えてしまったのに、まだあるものと思って、あの人は訪ねてくるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1345
詞書「頼めたること跡なくなり侍りにける女の、久しくありて訪ひて侍りける返事に」
露を詠む一連の十首目である。あてにならない言葉に置く露のように消えてしまった自分を、まだあるものと思って訪ねてくるのかと、久しぶりの便りに皮肉をこめて返す。詞書によれば、約束が跡形もなくなっていた女が、長い時を経て便りをよこしたので、その返事として詠んだ歌である。
作者の「藤原長能」は、伊勢守藤原倫寧の子で、『蜻蛉日記』の作者である藤原道綱母の弟にあたる。能因法師の和歌の師としても知られる。
初句「あだ言の」は、あてにならない言葉の、の意である。
二句「葉に置く露の」で、「言の葉」の「葉」から葉に置く露へと言いかけていく。前歌と同じく、言の葉と露が組み合わされている。
三句「消えにしを」は、露が消えたように、わが身の思いももう消えてしまったのに、の意である。「を」は逆接である。
四句「あるものとてや」は、まだあるものと思って、の意で、係助詞「や」は疑問を表す。
結句「人の訪ふらん」は、係助詞「や」を受けて連体形「らん」で結ぶ係り結びである。前歌が心の離れた相手を思って涙の露が置き続けると嘆いたのに対し、この歌は露はもう消えたと言い切り、待つ側と待たれる側の立場が入れ替わっている。
あだごと:実のない言葉、あてにならない約束
- 作者
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藤原長能
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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今来んといふ言の葉もかれゆくに 夜な夜な露のなにに置くらん
- 次の歌
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うちはへていやは寝らるる宮城野の 小萩が下葉色に出でしより