涙川身も浮きぬべき寝覚めかな
はかなき夢の名残ばかりに
- 歌の意味
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涙の川にわが身も浮いてしまいそうな寝覚めであることよ。はかない夢のなごりが残っているというだけのことで。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1386
詞書「題しらず」
夢を詠む一連の七首目である。はかない夢のなごりだけのために、涙の川に身も浮くほど泣く寝覚めであると詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「寂蓮法師」は、藤原俊成の甥で、その養子となった人物で、俗名を定長という。出家して寂蓮と号し、『新古今和歌集』の撰者に任ぜられたが、完成を見ずに没した。
初句「涙川」は、涙の多さを川にたとえた語である。本巻の第千三百五十七首の三句と同じ語で、そこでは身が沈むとされた涙川が、ここでは身が浮くとされる。
二句「身も浮きぬべき」は、身も浮いてしまいそうな、の意である。
三句「寝覚めかな」は、詠嘆の「かな」で切れる三句切れである。本巻の第千三百五十五首の「寝覚めの涙」を思わせる。
四句「はかなき夢の」は、はかない夢の、の意で、前歌までの夢の一連を受ける。
結句「名残ばかりに」は、なごりが残るだけのために、の意である。三句からの倒置で、涙の原因がわずかな夢のなごりにすぎないことを後から示し、そのわずかさと涙の多さとが対比されている。
なみだがは:涙が多く流れるのを川にたとえた語
なごり:物事が過ぎ去った後に残る気配
- 作者
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寂蓮
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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かくばかり寝で明かしつる春の夜に いかに見えつる夢にかあるらん
- 次の歌
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逢ふと見てことぞともなく明けぬなり はかなの夢の忘れ形見や