逢ふと見てことぞともなく明けぬなり
はかなの夢の忘れ形見や
- 歌の意味
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逢うと夢に見て、何ということもなく夜が明けてしまったようだ。はかない夢が残していった忘れ形見であることよ、この明け方は。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1387
詞書「百首歌たてまつりしに」
夢を詠む一連の八首目である。夢で逢ったと見たまま何事もなく夜が明けてしまい、その明け方こそがはかない夢の忘れ形見だと詠む。詞書によれば、百首歌を詠進した折の作である。
作者の「家隆朝臣」は藤原家隆である。権中納言藤原光隆の子で、藤原俊成に和歌を学び、『新古今和歌集』の撰者の一人となった。
初句「逢ふと見て」は、逢うと夢に見て、の意である。
二句「ことぞともなく」は、何ということもなく、の意である。夢で逢っただけで、現実には何事もないまま時が過ぎたことをいう。
三句「明けぬなり」の「なり」は推定で、夜が明けてしまったようだ、の意である。三句で切れる。
四句「はかなの夢の」は、はかない夢の、の意である。「はかな」は形容詞の語幹で、詠嘆をこめる。前歌の「はかなき夢」と同じ語を受けている。
結句「忘れ形見や」の「や」は詠嘆である。夢が残した忘れ形見を、夜明けそのものに見出している。前歌が夢のなごりに涙を流したのに対し、この歌は夢の後に残る明け方を形見と見ている。
わすれがたみ:その人を忘れないように残された記念の品
- 作者
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藤原家隆
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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涙川身も浮きぬべき寝覚めかな はかなき夢の名残ばかりに
- 次の歌
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床近しあなかま夜半のきりぎりす 夢にも人の見えもこそすれ