夢かとよ見し面影も契りしも
忘れずながらうつつならねば
- 歌の意味
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夢だったのだろうか。見たあの人の面影も、交わした約束も、忘れずにいながら、それが現実のこととは思えないので。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1391
詞書「和歌所歌合に、遇不逢恋の心を」
過ぎた恋を思い返す一連の二首目である。逢った人の面影も交わした約束も忘れずにいるのに、現実のこととは思えず、夢だったのかと詠む。詞書によれば、和歌所で催された歌合で、遇不逢恋を題として詠んだ歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成女」は、藤原俊成の孫にあたり、その養女となった女性である。源通具の妻となり、後鳥羽院に出仕した。
和歌所は、後鳥羽院が建仁元年(1201)に『新古今和歌集』の撰集のために設けた役所である。遇不逢恋は、一度逢ったのちに逢えなくなった恋をいう題である。
初句「夢かとよ」は、夢だったのだろうか、の意で、初句で切れる。「とよ」は自らに問いかける気持ちを表す。前歌までの夢の一連を受けている。
二句「見し面影も」は、逢ったときに見た相手の姿も、の意である。前歌の「面影ぞ立つ」を受けている。
三句「契りしも」は、交わした約束も、の意である。
四句「忘れずながら」は、忘れずにいながら、の意である。
結句「うつつならねば」は、現実ではないので、の意である。初句からの倒置で、夢かと思う理由を後に示す。前歌が面影の鮮やかさを詠んだのに対し、この歌はその面影がかえって現実感を失わせることを詠み、遇不逢恋の題の心を表している。
うつつ:現実
ちぎる:約束する
- 作者
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藤原俊成女
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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かきやりしその黒髪の筋ごとに うち臥すほどは面影ぞ立つ
- 次の歌
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はかなくぞ知らぬ命を嘆きこし わがかねごとのかかりける世に