嘆かじな思へば人につらかりし
この世ながらの報いなりけり
- 歌の意味
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嘆くまい。思えば、かつて私が人につれなくした、そのことへのこの世のうちでの報いなのだった。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1401
詞書「題しらず」
身の憂さを嘆く一連の一首目である。今のつらさは、かつて自分が人につれなくしたことへの、この世のうちでの報いなのだから嘆くまいと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「皇嘉門院尾張」は、崇徳天皇の中宮聖子、すなわち皇嘉門院に仕えた女房である。
初句「嘆かじな」は、嘆くまい、の意で、「じ」は打消の意志である。初句で切れる。
二句「思へば人に」は、考えてみれば人に、の意である。
三句「つらかりし」は、つれなくした、の意である。かつては自分が恋い慕う人につれなくする側であったことをいう。
四句「この世ながらの」は、この世にいるうちの、の意である。報いは来世に受けるものとされたが、それをこの世で受けているという。
結句「報いなりけり」は、報いだったのだ、と気づきの「けり」で結ぶ。つれなくした側がつれなくされる側になるという立場の反転を、仏教の因果の考えで受け止めている。前の歌群が相手の訪れの途絶えを嘆いたのに対し、ここからは自らの身の憂さを見つめる歌が続く。
むくい:行いの結果として受けるもの。報い
- 作者
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皇嘉門院尾張
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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ならはねば人の訪はぬもつらからで 悔しきにこそ袖は濡れけれ
- 次の歌
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いかにしていかにこの世にあり経ばか しばしも物を思はざるべき