うれしくは忘るることもありなまし
つらきぞ長きかたみなりける
- 歌の意味
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うれしいことならば、忘れることもあるだろう。つらいことこそが、いつまでも残る形見なのだった。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1403
詞書は前の歌に続き「題しらず」
身の憂さを嘆く一連の三首目である。うれしいことなら忘れもしようが、つらいことこそが長く残る形見なのだと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「深養父」は、平安時代前期の歌人で、清原氏の人である。内蔵大允を務め、清少納言の曾祖父にあたる。
初句「うれしくは」は、うれしいことならば、の意である。
二句「忘るることも」は、忘れることも、の意である。
三句「ありなまし」の「まし」は反実仮想で、あるだろうに、の意である。三句で切れる。
四句「つらきぞ長き」は、つらいことこそ長く残る、の意である。「うれし」と「つらし」、「忘る」と「長き」とが対比されている。
結句「かたみなりける」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びである。うれしいことはすぐ忘れ、つらいことが残るという理屈で、つらさこそが恋の形見だと逆説的に述べる。次歌の「逢ふことのかたみ」へと「かたみ」の語がつながる。
かたみ:過ぎ去った人や事を思い出させるもの。形見
- 作者
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清原深養父
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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いかにしていかにこの世にあり経ばか しばしも物を思はざるべき
- 次の歌
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逢ふことのかたみをだにも見てしがな 人は絶ゆとも見つつ偲ばん