逢ふことのかたみをだにも見てしがな
人は絶ゆとも見つつ偲ばん
- 歌の意味
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せめて逢瀬の形見だけでも見たいものだ。あの人との仲は絶えてしまっても、それを見ながら偲ぼう。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1404
詞書は前の歌に続き「題しらず」
身の憂さを嘆く一連の四首目である。せめて逢瀬の形見だけでも手元に見ていたい、仲は絶えてもそれを見て偲ぼうと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「素性法師」は、僧正遍昭の子で、出家して素性と号した歌僧である。三十六歌仙の一人である。
なお本文の三句「見てしがな」の「見」には、「え」かとする注記がある。読み仮名の行も「みてしかな」であるため、本文どおり「見てしがな」とした。
初句「逢ふことの」は、逢瀬の、の意である。
二句「かたみをだにも」の「かたみ」は形見、「だに」は、せめて~だけでも、と最小限の望みを表す。前歌の結句「かたみなりける」を受けている。
三句「見てしがな」の「てしがな」は願望で、見たいものだ、の意である。三句で切れる。
四句「人は絶ゆとも」は、あの人との仲は絶えても、の意で、「とも」は逆接の仮定である。
結句「見つつ偲ばん」は、見ながら思い慕おう、の意である。前歌がつらさこそ形見だと言ったのに対し、この歌は逢瀬の形見を求め、同じ「かたみ」の語で、つらい形見と慕わしい形見とが対になっている。
かたみ:過ぎ去った人や事を思い出させるもの。形見
しのぶ:思い慕う
- 作者
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素性
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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うれしくは忘るることもありなまし つらきぞ長きかたみなりける
- 次の歌
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わが身こそあらぬかとのみたどらるれ 問ふべき人に忘られしより