葛城や久米路に渡す岩橋の
絶えにしなかとなりや果てなん
- 歌の意味
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葛城の久米路に架け渡そうとした岩橋が途中で絶えてしまったように、私たちも途絶えた仲となり果ててしまうのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1406
詞書は前の歌に続き「題しらず」
絶えた契りを詠む一連の一首目である。葛城の久米路に架けようとして途中で絶えた岩橋のように、二人の仲も絶え果ててしまうのかと嘆く。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「能宣朝臣」は大中臣能宣である。伊勢神宮の祭主を務め、梨壺の五人の一人として『後撰和歌集』の撰進に加わった。
久米の岩橋は、役行者が葛城山から吉野の金峰山へ岩の橋を架けようとして神々に命じたが、葛城の一言主神が容貌を恥じて夜しか働かなかったために完成しなかったという伝説の橋で、途中で絶えるもののたとえとして歌に詠まれる。葛城山は大和国と河内国の境にある山である。
初句「葛城や」は、歌枕の地名を詠嘆の「や」で示す。
二句「久米路に渡す」は、久米の地の道に架け渡す、の意である。
三句「岩橋の」までが、途中で絶えた岩橋の伝説によって、四句の「絶え」を導く序詞となる。
四句「絶えにしなかと」の「なか」は、岩橋の途「中」と、男女の「仲」を掛ける掛詞である。
結句「なりや果てなん」の「や」は疑問の係助詞で、連体形「なん」で結ぶ係り結びである。前の歌群の身の憂さの嘆きから、ここで絶えた仲そのものを詠む歌群へと移る。
いははし:岩で造った橋。また、川の浅瀬に置いた飛び石
なか:岩橋の途「中」と、男女の「仲」を掛ける
- 作者
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大中臣能宣
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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わが身こそあらぬかとのみたどらるれ 問ふべき人に忘られしより
- 次の歌
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今はとも思ひな絶えそ野中なる 水の流れは行きて尋ねん