今はとも思ひな絶えそ野中なる
水の流れは行きて尋ねん
- 歌の意味
-
もうこれまでと、思いを絶やさないでおくれ。野中にある水の流れは、たどって行って尋ねよう。
- 鑑賞
-
巻第十五 恋歌五 1407
詞書は前の歌に続き「題しらず」
絶えた契りを詠む一連の二首目である。もう終わりだと思い切らないでくれ、野中の水の流れのように細くとも、たどって訪ねて行こうと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「祭主輔親」は大中臣輔親である。大中臣能宣の子で、父と同じく伊勢神宮の祭主を務めた。
野中の水は、『古今和歌集』に「いにしへの野中の清水ぬるけれどもとの心を知る人ぞ汲む」と詠まれた野中の清水を思わせ、昔なじみの心を思う景物として詠まれる。
初句「今はとも」は、もうこれまでと、の意である。
二句「思ひな絶えそ」は、「な~そ」の禁止の形で、思いを絶やさないでくれ、の意である。二句で切れる。前歌の「絶えにしなか」を受け、絶えることを押しとどめている。
三句「野中なる」は、野の中にある、の意である。
四句「水の流れは」は、野中を細く流れる水の流れは、の意で、細くとも絶えずに続く縁のたとえとなる。
結句「行きて尋ねん」は、たどって行って訪ねよう、の意で、「ん」は意志である。前歌が絶え果てる仲を嘆いたのに対し、この歌は絶えるなと呼びかけて自ら訪ねると言い、絶える仲と続ける仲とが対になっている。
のなか:野の中
- 作者
-
大中臣輔親
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
葛城や久米路に渡す岩橋の 絶えにしなかとなりや果てなん
- 次の歌
-
思ひ出づや美濃の小山の一つ松 契りしことはいつも忘れず