- 歌の意味
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住吉の恋忘れ草も種が絶えて、もはやこの世にない。そんな世に生まれ合わせた私が悲しい。
- 鑑賞
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巻第十五 恋歌五 1420
詞書「題しらず」
忘れがたい思いを詠む一連の二首目である。恋を忘れさせるという住吉の恋忘れ草も種が絶えた世に生まれ合わせ、恋を忘れることができない身を嘆く。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「藤原元真」は、平安時代中期の歌人で、三十六歌仙の一人である。官位は従五位下にとどまった。
住吉は摂津国の歌枕で、現在の大阪市住吉区にあたる。その岸には恋を忘れさせる恋忘れ草が生えるとされ、『古今和歌集』の紀貫之の歌にも「住の江の岸に生ふてふ恋忘れ草」と詠まれている。
初句「住吉の」で、恋忘れ草の生える歌枕が示される。
二句「恋忘れ草」は、身につけると恋を忘れるとされた草で、萱草のこととされる。
三句「種絶えて」は、種が絶えて、の意である。恋を忘れる手立てがもはやないことをいう。
四句「なき世に逢へる」は、恋忘れ草のない世に生まれ合わせた、の意である。
結句「我ぞ悲しき」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「悲しき」で結ぶ係り結びである。前歌がせめて心にかけよと相手に求めたのに対し、この歌は自分こそ忘れられないと嘆き、忘れられない思いの側から詠んでいる。
こひわすれぐさ:身につけると恋を忘れるとされた草。萱草のこととされる
- 作者
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藤原元真
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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小忌衣去年ばかりこそ馴れざらめ 今日の日かげのかけてだに問へ
- 次の歌
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水の上のはかなき数も思ほえず 深き心し底にとまれば